近年、誰もが肌で感じているように、民主主義という政治思想・制度は、コンピュータ/インターネットによって第二ステージに突入している。生活のあらゆる局面で私たちは情報デバイスに接続し、情報を提供しながら情報を享受し、システム全体の一部であるかのように生きざるを得ない。システムとカップリングした人間たちによって形成される意志決定やライフスタイルは、20世紀後半に生じた情報革命以前の時代とは一線を画している。このような技術的環境について思考するにはもちろん、科学技術そのものではなく、それを育んだ思想や文化について理解しなければならないだろう。
そしてコンピュータやAIの歴史は、アメリカという特異な文化的な歴史と密接に関わっている。そんな理由から、前回の配信動画では認知科学やコンピュータの歴史の思想的起源としてアメリカの現代文化について話してみた。
今回はその続編として、初期AIや情報科学がもっとも盛り上がった1960年代〜70年代のアメリカ文化や科学思想の理解を深めるうえで興味深い書籍を、簡単に見どころを伝えながら10冊紹介してみようと思う。
①『反逆の神話〔新版〕: 「反体制」はカネになる』 (ハヤカワ文庫NF)
2004年に原著『Why the Culture Can’t Be Jammed』の翻訳本が、つい先日早川書房から文庫化として発売されて話題となっていた。関心領域の本で以前から読みたかったのでさっそく手に入れてざっと読んだのだけれど、非常に面白かった。
本書の内容を一言で言えば、いったいなぜ1960年代以降のアメリカのカウンターカルチャーは「反体制」という「神話」を掲げて社会変革を目指しながらも、実際は現実を何も変えることができずに敗北してしまったのか、という問いを反省的に鋭く描き出した本だ。戦後アメリカの音楽、映画、政治思想も含めた文化現象は、体制と資本主義に対抗するかたちをとりながらもいかにそれに飲み込まれたのか。現代のトランプ政権誕生からオルタナ右翼の登場までを予見させるストーリーが説得力のある筆致で書かれていて、現代の文化現象を総括する最良の一冊になっている。
特に僕が重要だと思った点は、本書が指摘する体制の権力というのはいわば人間の順応性を利用したシステムであるから、カウンターカルチャーが権力に対抗するのならば制度ではなく「自発的な快楽」を創りださなければならないという使命を負っていた故に、音楽や文学などの文化的な戦略を取ったのだという語り口だった。これは現代の権力と抵抗、制度と個人、資本主義と消費、ネットと自我、など未だにまったく解決されていない問題系だ。僕自身、いわば「欲望の再発明」をしなければならないと考えているし、実際に今そういう方向性で思考する論者も多く見受けられる。そこでいかにしてカウンターカルチャーが陥った罠を回避しつつ考えることができるのかというのは強く問われているだろう。
②『ニューエイジの歴史と現在―地上の楽園を求めて』 (角川選書)
カウンターカルチャー、ヒッピーカルチャーというのは、むろん戦後アメリカに花開いた文化現象だが、それには前史がある。戦前のアメリカ、いや新天地開拓の時期からアメリカには神秘主義やオカルトなども含めた多種多様な宗教的情熱を育む土壌があった。ユートピアとしてのアメリカの特異性は、ヨーロッパにおける錬金術思想にも似た近代科学への反発の欲望を象徴している。①よりももっと深い歴史に潜って関心を掘ってみたい方にはオススメ。
③『スペクテイター〈48号〉パソコンとヒッピー』(幻冬舎)
これも今年に発売された一冊。スティーブ・ジョブズがヒッピーであったように、アメリカのシリコンバレーで発達したコンピュータのカルチャーとヒッピーたちの思想はあまりにも地続きだが、本書はこのようなコンピュータの歴史とドラッグカルチャーのアングラな側面までを並行して描いた特集としておもしろい。特に、本雑誌は全編を基本的に「漫画」で描いていて、様々な写真やイラストなど、カウンターカルチャーをビジュアルでも理解する工夫が多くあって、楽しく読める。